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調査ご苦労様です。
麒麟については長生村のO氏も悩んでおられまして、σ(^^)もその一人です。
麒麟・犀・竜馬・海馬などありますが、伊八の場合本人が「波に犀」と墨書しています。
ですから、我々が他の霊獣に見えても「犀」なんですね。
彫刻の下絵は絵師が描くので絵師の流派によって変わってくると想います。
『東照宮流』という流派は知りませんが、伊八は嶋村家の下絵を使用しています。
嶋村元祖俊元から続く下絵ですから、東照宮の下絵と同じ下絵と考えられます。
江戸後期に後藤流が台頭してきますが、明らかに嶋村の下絵とは相違があります。
後藤流は嶋村俊元→高松又八の頃からの下絵を一新し、新しい構図で一世風靡したワケです。
高松又八の直流と云われる石原流も江戸後期になると竜や獅子頭に変化が観られ、下絵が変化したことを窺わせます。
しかし、何処の彫刻流派において霊獣の下絵は変わっていないと思います。
狩野探幽は江戸前期の人で江戸幕府おかかえの絵師ですから、一般の絵師とは違うワケです。
日光東照宮の彫刻下絵は全て狩野派が描いたわけではないでしょうから、違いがあっても不思議はありませんね。
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