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教育委員会

 投稿者:管理人  投稿日:2009年10月14日(水)13時08分45秒
  通報 返信・引用
  取手市に限らず県・市レベルの教育委員会は埋蔵文化財に対してはとても熱心である。
(開発業者が調査費用を負担する法律がある)
それに比べて建築装飾の彫物に対する見識は全くの素人と言ってよい。

八坂神社・拝殿・本殿(取手市)は市指定になっているが棟札のみの墨書をそのまま資料として
発表している状態です。
一般的には何ら問題はないのだが、この本殿の場合状況は複雑なのである。

棟札の墨書に彫工は「後藤縫殿之助・同倅保之助、寺田松五郎・高石伊八郎」となっており、
完成は明治三十六年である。
縫殿之助は明治三十四年に亡くなっており、記録には明治三十年病に倒れたとあります。

彫物請の契約は早くから行われますが施工は完成間近まで行われるのが常識であるのだが、
完成後十数年後に彫刻施工されることも多いのです。

縫殿之助が三十年に倒れて四年後に亡くなり、三十六年完成の間に彫刻施工出来ますか?
それを「本殿の彫刻は後藤縫殿之助親子の作、彫刻は技巧善美で本殿の尊厳を保っている」
などと掲載している。

σ(^^)も当初、縫殿之助のファンでありこの本殿を発見したときはヤッターと思いましたよ。
よくよく観察しても縫殿之助の作は発見できず、それでもしつこく何回も参拝しました。
調べてみれば簡単でした、縫之助がまだ働き盛りでしたら一人でも出来たと思います。

彫刻の契約はしたが縫之助は三十四年に亡くなった時、保之助が頼ったのは兄・高之助桂林です。
そして縫之助の兄弟子後藤市蔵の倅・寺田松五郎、どういうわけか四代伊八郎信明・高石仙蔵。
高之助桂林以外は棟札に載っていますし、後藤桂林の刻銘は背面の胴羽目に有ります。

ちょっと勉強すれば解ることを墨書をただ鵜呑みにして彫工の調査もしないで発表・掲載しており、
子供の仕事と云われても仕方ないですね、そして反省もせず未だに言い訳をしている職員のバカさ
加減には呆れましたよ。

http://edobori.fan-site.net/

 
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