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雑記6

 投稿者:よっつ  投稿日:2011年 4月12日(火)23時09分48秒
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  うちのところにも転入者がたくさんきます。
県内だけでなく南相馬からも数人来るそうです。心のケアも考えながら、暖かく迎え入れます。

4月7日の余震があり、建物の被害がひどくなってきました。ライフライン復旧した地区でも振り出しに戻る、など。12日現在はよくなってきたようだが。
石巻牡鹿半島でも一部ライフライン復旧したようです。石巻市内も中心部は復旧してきました。
9日10日と塩竈、石巻と作業に行ってきました。
家屋の片付けと公園清掃。

ハイパーゴミ拾いというような清掃活動はプロパンガスボンベやら流木やら電柱をひとまとめに集めたり、土に埋もれたガラス(ちょっと掘るといくらでも出てくる)をひたすら除去。

家屋の片付けは浸水した家財道具の運び出しが中心。もっとも、依頼されるのは自分たちではできない高齢者の方。すさまじいにおい。ヘドロとダメになった冷蔵庫のにおいが混じり…

「すべて捨ててください」
何もかも処分して体一つで生きていくそうだ。学会の方らしく、仏壇やら大量の人間革命やらが出てくる出てくる。すべて放り投げました。信心もどこかへ捨てたのか?

家が残っただけいい、そう考えていた自分がいたが、もう住めないくらいに傷んだ家を見るとここには住めない、と思ってしまった。
ローンがある人もいるだろうに、家族や仕事をなくした人もいるだろうに。

本当にあの地震と津波で生き延びてよかったのか?

被災者を目の前にして、そう思うことは当たり前だと感じた。

ボラの帰りに牡鹿半島まで回ってみる。石巻市中心部からはずれており、最初の数日はほぼ孤立していた地区を回る。
車も少ない。ボランティアなど支援の手も少ない。自衛隊車両ぐらいしか支援車両がみられなかった。(時間も悪かったのか?)

壊滅した地区をみた。

本当に、言葉は出ない。更地だったんだよ、といわれればそうにしか見えない。
現代日本、道路はどこまでもあると信じていたが、すべてアスファルトがはぎ取られていた。

県内のほとんどは来週から学校が始まる。沿岸部は始められるのか…?

ttps://picasaweb.google.com/114889149612050130888/20110412?authkey=Gv1sRgCPuyy4qyrbX52QE#
 
 
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