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袖飛車研究5

 投稿者:大山命  投稿日:2021年 5月27日(木)18時08分53秒
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  先後、勝敗変わらず。内訳は先手勝ち11局、先手負け9局、後手勝ち20局、後手負け17局(後手千日手1局)となっていました。
それでは居飛車の何に対応した結果なのかというと、対急戦(棒銀、袖飛車、5七(5三)左急戦他)が41局、対持久戦(位取り)が17局となっていました。これは対急戦対策のエースと考えていたと判断して良いでしょう。勿論、早くに表明した玉頭位取りを潰す対策としても使われていますが。他人が殆ど指さない戦法で、自分だけが勝てれば最高ですが、先に示したように勝率は悪い(生涯勝率よりも1割以上低い)。
次に先後の間で採用回数に違いがあるか、ですが。先手番の採用が20局、後手番が38局となっているので、大師匠が特に後手番の対急戦対策に腐心していたことが窺えます。袖飛車は居飛車(船囲い)に対する「嫌がらせ」の面も多分に含んでいます(と私は思います)が、怯まず強く攻め合われると玉飛接近で居飛車よりも玉形が薄いことも多いので、「受けの大山」をしても勝敗は厳しい結果になるのです。実際、玉頭を7七(3三)に歩を打って謝るか、6九(4一)に玉をかわされて結構居飛車にやられているんですよね。大師匠は柔軟な思考回路の持ち主ですが、ここまで袖飛車に拘ってきた理由は何なのでしょうか。意地もあるのかなあ?
私が興味深いと思うのは、三間飛車からの袖飛車が1局も無いことです(ちなみに最も多いのが四間飛車で43局!2番目が中飛車で12局)。三間が一般に振り飛車の急戦対策として用いられていることから、「そこまでやらなくても」ということなのでしょうか?あるいは兄弟子の大野先生の真似をしたくないということなのでしょうか?これはもう少し棋譜を分析しないと(大師匠の)真意が見えてこないかもしれません。
 
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